ここにある、身体。

自分の体型は、他でもない自分が、誰よりもやたらと細かく気にしてしまいがちだよね。

わたしも自分の姿を鏡で見た時に、必ず太ももからふくらはきまでをじっくり見る。それは、おそらく、それが私のいちばん気にしている身体のパーツだからだ。鏡によって見えかたは違うのだけれど、長くほっそりとしたいい感じだなと思える時もあれば、あれ、こんな感じだったっけと不満に思うこともある。

私の友人にも、執拗に体型を気にしている人がいる。私からすれば全くもって健康体、その人の身長や体格にも合った、ちょうどいい体型だと思うのに、本人は「醜い」とか「痩せたいと思う」とよくつぶやいている。

 

自分の体型をいちばんよく見ているのは自分。だから、誰よりも自分が、自分の体型にいちばん厳しくなる。

 

最近、クロスフィットトレーニングが日本で流行りつつある。日本に置いて、クロスフィットを広めた第一人者は、トレーナーのAYAさんという人だ。

腹筋はもちろんのこと、全身の筋肉がゴリゴリに割れていて、無駄な肉が身体のどこにも付いていない。もはやアスリートだ。

彼女の影響で、有名な俳優やモデルなどが、みんなこぞってトレーニングに精を出し始めている。インスタグラムとかを見ていると、よくわかる。

運動する事が一般的になるのは、素敵なことかもしれない。しかし、体型を気にする人がかなり多い日本では、運動を進める動きによって、更に体型を気にする人が増えてしまうのではないかと心配になることもある。日本では、すでに痩せ型の人ですら、その先にある細身の体型を目指そうと、さらに身体を改造しようとする人も、結構いるような気がする。

 

運動はだいじ。運動が生活の一部になっている人は、たくましいと思う。

 

でも、運動するための動機は、できるだけポジティブな方がいいと思うんだ。

 

醜い身体を捨てたい。

 

そんな思いで運動するのは、やめたほうがいい。

 

そういう私自身も、少し前まで、ネガティブな感情を原動力に運動に力を入れていたことがある。どうしても自分の身体を見るたび悲しくなってしまって、こんなはずじゃないのにとおもっていた。

 

もうこんな身体、見たくない。

逃れたい。

こんな身体、脱ぎ捨てたい。

脱ぎ捨てたい。逃げたい。

 

それは文章で正確に書き記すには、あまりにもドロドロと粘着した、巻かれるような自己否定の念だった。

そうしてジムに行き、ほぼ毎日外を走り込み、食事もかなり気にするようになった。

ネガティブな感情はそれなりに持続したけれど、でも結局、私の場合は壊れてしまった。体型に対する憎悪の感情が、結果的に自分を壊しかけてしまったのだ。

 

 今日は運動のことを書こうと思ったわけじゃない。

体型について書こうとおもったのだ。

何か気の利いたまとめを書きたいが、特に思いつかないや。

 

そんなに人は気にしてないよと言ったって、気にしてるのは自分だからね。

ものすごく痩せているモデルさんが、ここの贅肉が気になる、とか、顔が張っているとか、自分の身体のさまざまな改善点を見つけ出し、まだなお体型を変えようとするのと同じだ。自分は満足しないのだ。

「わたしはあなたの体型、好きだけどな。」

もし誰かに体型について相談されたとしたら、私だったらそうやって答えるかなぁと今ふと思った。

自分の体型は気にしているくせして、人の体型は全然気にしない。太っているとか痩せているとか、あまり考えてない。言われて初めて、「あぁこの人は体型を気にしてたんだ」と思いが行く。

あなたの体型、好きだけどな、は、多分嘘じゃない。関心を寄せたことがないっていうのも、たぶんあるんだけど、でも「そのままで良いと思ってるよ」という気持ちもある。