私たちが持っているものとは。

ちょっと難しい概念だけど、「特権」について。

日本ではあまり聞きなれない概念なのかもしれないけど、英語をベースにして私の専門とする学問に向き合っていると、"priviledge"という単語が本当に日常的によく登場する。特権という意味。

目に見えるもの、見えにくいもの。


特権を持つということは自分が持っているアイデンティティや資質が社会構造に強く影響することで、自分が他者よりも優位な立場に立っているというこを意味する。

マイノリティとされる人々が、「自分が奪われている権利」に向かってアンテナが届くのはよくあることだ。例えば、女性が男性と同じだけ給料を受け取る権利。同性愛者が結婚をする権利。あるいは、障害を持つ人が健常者と同じ環境で、対等に働く権利。

それに対して、特権とはその反対側を指し示す概念だ。男性が女性よりも多く給料を受け取っているがゆえに、男性のほうが女性よりも経済的に安定しやすいという特権。異性愛者が自由に結婚することができるという特権。健常者が、障害者よりも雇用機会に恵まれていて、働く環境や場所を選びやすいという特権。

自分が持っているものを確認する。


特権という概念が、どこから、誰から生まれたのかは分からないけれど、これは画期的な概念だなと思う。
自分が当たり前に持っている、と、思い込んでいる権利を「特権」と捉えるのには勇気がいる。なんだか嫌な気分になる人もいるかもしれない。でも、私は自分の持っている特権とは何なのかを考えることによって、より客観的に、自分の立場を分析できるようになった気がする。人種のように、比較的容易にそれが特権かどうか判断できることもあれば、経済状況のように、なかなかそれが特権かどうかの見極めをするのが難しいこともある。でも、自分のことを考えるためのきっかけとして、「自分の持つ特権とは何なのだろう」ということを考えるのは、大切なことかもしれない。
自分が持つ特権を自覚しているかどうかで、物事の考え方は格段に変わると思うし、他者に対するものの考え方も変わるような気がする。上手く言語化できないけど、そんな気がする。

何より、原則として「自分の持つ特権とは何か」という問いに対する答えは、ほかでもない自分にしか出せない。横やりを投げられるとこの質問はとても難解なものとなる。「あなたのこれこれは特権でしょう」と指摘しあうこともあるけれど、本当は指摘するほうだってそんな棘のある言葉は言いたくないし、言われたほうも良い気持ちはしない。なので、自己分析のツールとして、「自分の特権とは何か」を着実に考えてみることがいちばんいいとおもう。

これに関してはまだまだ書きたいことがあるので、そのうちまた書けるように余白を残しておきたい。

そういえば、特権に関するテーマで、ずいぶん昔にこんな記事を書いていたので、なんとなく貼っておく。

jamsponts.hatenablog.com