”被差別部落と結婚差別”を読む

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私は死ぬことや葬式が怖い子どもでした。でもそうやって怖がることが、死に携わる人の差別につながるんじゃないか、だから乗り越えようと思ったんです。"
”同和対策が行われると、「部落だけずるい」「あいつらは特権を得ている」とねたみ意識も生まれました。これは高史明さんが『レイシズムを解剖する』で言及していた「新しいレイシズム」(注)です。

 


このような状態の中で、被害者が黙っても、差別だけが続いていくのではないでしょうか。「自然になくなる」というのは、自分が無関心でいたい気持ちへの言い訳です。当事者の側が「もう放っておいて」と思う気持ちと、関係ない人が「放っておけ」と言うのは意味が違います。


 聞き取りをしていると、「強くならなきゃしゃあない」という言葉を聞きます。差別に勝つためには、早く大人にならなきゃいけない部分がある。ふわふわと幸せでいることが許されない。それはすごくしんどいことです。

…結婚に反対していた妻のお母さんは、孫が差別されるのが許せなくて、「部落差別はいけない」と主張するようになりました。こうやって関係性って変化していくのだと思います。

 

 

ひとは、差別への怒りで自死するのではない。親と自分との板挟みで苦しむ相手をみて、こうなったのは自分が部落出身であるせいだと思い、身を引くしかないと思ったときに、自死を意識したと…

 

…茨の冠は痛いし、常にしんどい立場でいる必要はないと思っています。だからあなたには、私からお花の冠をあげます。

 書きたいことがあるけれど、いまは書けない。