こどものための人権教育、どう進めるか。

子どもたちに、人種の多様性という人権教育を施すにしても、日本の場合はおそらく教室のほぼ全員が日本人だ。中国や韓国やブラジルなどからやってきた、違う国籍や人種をもったこどもが、もしかしたらいるかもしれない、しかしそれも片手で数える人数ほどしかいないだろう。
「だって、ここにはほとんど日本人しかいないよ。肌が黒いひとは何者なの?なんであの人と私は見た目が違うの?」
そんなことを質問した子どもがいたとして、私が先生だったら、どうやって回答することができるんだろう…と先生でもないのになったつもりで妄想して悩んでいる。
人種や国籍の違い、バリエーションは限りなくたくさんあって、それはみんな独自のものを持っているんだよ、ということを伝えるにはどうしたらいいんだろう。そもそも、日本人と一括りしているけれど、じゃあ「日本人ってなに?」ていうことだってみんなで考えてみたいじゃない。
例えば、数代前の祖先が、別の国で生まれているかもしれない。よくよく遡ってみたら、自分のルーツは日本に移民してきた家族なのかもしれない。いろんな可能性がある。...
日本でよく言う「ハーフ」もそう。
自分が生まれた場所、自分の家族が生まれた場所、自分が生まれ育った場所、自分が故郷だと思う場所、自分の心のよりどころになる場所。そういったものは、人によって違う。
一緒くたにして「ハーフ」「ガイジン」と呼ぶのはあまりにも乱暴かもしれない。
そういうことを教えるタイミングは、やはり小学校くらい、6歳~12歳くらいがベストなのではないかと思う。
いちばん考え方の根っこになる部分を出来るだけほぐしておけば、そのあとの思考がぐんぐんと広がり、伸びやかになっていくと思うのだ。
それには、教育が大きな要となると思う。
小学校つくるかぁ、わたし先生やりまっす!
授業はやらない。テストもやらない。一日中外でお話したり、ハンモックで昼寝したり、釣りしたりするよ。給食は食べよう、みんなで畑を耕して、みんなで料理して、みんなで食べよう。たくさんお話するよ。
英語?やる必要あるかな?でもやらないと、日本語の話さないこどもが居場所がなくなってしまうな、どうしようか。
じゃあ少しやろう!笑 お芝居をやろう。日本語と英語と中国語と、みんなのいろんなことばをつかったお芝居つくろう。
私は先生だけど、偉い人ではない。ただ、みんなより少し生まれるのが早かったクラスメイトだ。仲良くしてね。