私と、あなたと、みんなの#Metoo

#Metoo というタグの付いたツイートを読んでいて、私に何かmetooはあっただろうかと記憶を探っていると、ふたつ思い浮かんだ。
ひとつは、小学生のときに、女装をしたおじさんに声を掛けられたこと。そういう表現が適切なのかは分からないけど、当時の私はそうやって思った。おじさんは、スカートを履いているけど、すね毛はぼうぼうで、髭を生やしていた。私はスイミングスクールまでのバスを路上脇で待っていた。夕方くらいだったと思う。おじさんは私の目の前に自転車に乗ったままでキュッと止まった。
「あんた、男?」
おじさんはそう尋ねた。私は完全に動揺した。まさか声を掛けられるとは思ってもいなかった。
「いいえ、女です」反射的にそう答えると、おじさんは「あ、そう、わたし、女には興味ないのよね」と、確かにそう言って、そのまま自転車を走らせてどこかに行ってしまった。短髪でズボンを履いた小学生は、少年と思われてもおかしくなかったのかもしれない。何もされなくてよかったなと思う。これが私に何の傷も与えない記憶でよかったなぁと。...
もうひとつは、デパートを父と歩いていた時のことだ。父の後ろの段に立つ形で、エスカレーターに乗って上の階に上がっていた。もう少しで降りるというところで、突然左手を握られた。私は硬直した。父は目の前にいるのに、声が出ない。そして、誰が私の手を握っているのかも、見ることが出来ない。怖くて、そんな余裕もない。でも誰かが私の手を握っている。
あ、あ。そんなかすれた声しか出なかった。しかし、私は何か小さく言葉を発した。するとパッと手が離れて、私は解放された。私はそのまま父に走って行って、今何があったのかを話した。父はぽかんとした顔で、信じられないという顔をしていた。結局、誰が私の手を握っていたのかは覚えていないし、わからない。
どちらも私が小学生の頃の記憶で、随分と昔のものだ。それでも今でもスッと思い出せるような記憶として残っている。他にも嫌な記憶やざらりとした鉛のような記憶を持っている人はきっと、たくさんいるんだろうとおもう。
そういう痛みをもうこれ以上生まないために、何かできることはないのかなと、偽善かもしれないけど、ふと考える。