そこらじゅうにちりばめられた発想力。

本人には真相を全く知らされない実験だ。こういう実験を思いついて、それをCMとして構成するところが凄いなと思う。発想力が必要だなと思う。
自分もクラブでイベントをやったり、それこそ大学にいると毎日なんでもできるから、どんなことも思いつき次第でやりたい放題できる。「こうしたい!」という思いを前面に出しても、それに対して関心のない人は動かない。関心のある人は言わなくても関心を持ってくれるけど、だいじなのは、興味を持ってない人にどう、訴えかけていけるか。
 
 
UNICEFの映像を思い出す。
ペットボトルの水売りが露店を出している。すぐそばにはランニングマシーン。ペットボトルのラベルには値段ではなく、走行距離が書かれている。世界中の貧しい子どもたちが、水を得るために歩かないといけない距離だ。水を買うためには、お金を払う代わりに、そこに書かれた距離を走ら...ないといけない。それをランニングマシーンで走り切ったお客さんは、一口飲み終えたばかりのお水の構成物質を見て、一瞬で顔を曇らせる。コロラ、ポリオ、A型肝炎…。どれだけたくさん歩いても、貧しい子どもたちの飲む水が綺麗だとは限らない。そういうことを、上手に伝えている動画だと思った。大事なのは、みんなが自分の身体で体験すること。ランニングマシーンで走ってみたり、あるいはぐしゃぐしゃに潰れたハンバーガーを目の当たりにしたり。それを見て、率直にどう思うか。それが現実だからだ。現実をどれだけそのまま切り取ることが出来るかどうか、そこに何か大切なものが隠れている気がする。美しいことばより、スローガンより、芸能人の励ましの言葉より、いま現実にあるものをどれだけ、目の前のものとして提供できるのかどうか。私も「伝えたい!」と思っていることが沢山あって、でもそういうものをそのまま提供したところで、多くの人にとっては面白くないし、聞き飽きた説教のようになってしまう。実は、説教させられてる私のほうが嫌な気分になるから、私のほうもただ講釈垂れるのはうんざりなのだ。面白いやり方がいいんだ。
 
レイプ被害者は、「露出が多かったんじゃないか」「相手を誘惑してたあなたのほうが悪いんだろう」と責められることがある。そうやって、事件の加害者ではなく、被害者を責め立てる行為を victim blamingと英語で言うのだが、これを表現した" The most provacative fashion show ever"という動画がある。
世界一のファッションショーだと招待された人々は、あまりにも陳腐な服装で登場するモデルに、驚きを隠せない。そう、彼女たちの身に付けている洋服はあまりにも代り映えもしない、陳腐な洋服だ。そして、彼女たちの洋服は、実際にレイプ被害者が身に付けていた洋服そのものなのだ。ファッションショーという形で、洋服に着目し、何も聞かされていない人々をサプライズの形で呼び込むところ、よく考えられているなと思った。印象に残るし、忘れられないショーになっただろうと思う。
 
 
Heinekenというビール会社が作成した動画も忘れられない。


Worlds Apart (Heineken Integrated Campaign)


どれもこれも、共通しているのは「人々に何かを体験させ」「人々の現実のありのままの姿を引き出している」ということだ。
何かを演じさせたり、偽ったりするのではなく、現実的な姿を見せつけることだ。それによって、想像はしてなかったけど、どうしてか心に描いた理想になるような絵が浮かび上がってくることがある。それに、私は心を惹かれる。
私もこういった作品の後に続けるように、何かを生み出せたらいいなとおもう。