多様性は取り戻すもの。

街並みを歩く。信号が赤から青に変わり、こちら側とあちら側から、人々が一斉に歩き出す。そこには、白人、黒人、ヒスパニック、そして私のようなアジア人、それ以外にも、各々が色々な何かを備えて、秘めて、歩いている。色々な人が街を行き交っていることが分かる。微調整などせずとも、この街は、この世界は、多様性に満ち溢れている。「多様性とは、取り戻すもの。」そう記された文章に出会い、心をがっと掴まれた。そう、多様性とは、新しい何かを要求するものではなく、人より何かをたくさん得ようとする行為でもなく、自らの手で取り戻すものなのだ。あるはずのものを自分の手で手繰り寄せ、取り戻す行為のことだ。高校生の時に、ある本を読んだ。そこにはこう書かれていた。「ある瞬間に、穴があることに気が付く。誰も気が付いていない、しかし自分だけが気が付いてしまった穴。その穴を埋めようとする、そして、みんなと同じところを見つめ、みんなと同じ地点まで登ろうとする作業を、哲学と呼ぶ。」この言葉が、その時の自分にぴったりとはまった。自分の心境と同じものを、ぴったり言葉にしてもらうことで、私は救われた。だからといって何かが癒されるわけでも、解決するわけでも、穴が塞がるわけでもなかった。しかし、真っ暗になっていた闇に小さく灯が差し込んだような、気のせいだったのかもしれないけど、そこだけは照らされているように見えた。