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がま口を開ける

友人と議論するときは、専門用語を積極的に使う。お互いの関心分野が近い場合は、ほぼ専門用語だったり、込み入った概念を会話に織り込む。他者を排除してしまう側面はあるけれど、専門用語は意味や指し示すものが限定されているぶん、誤解を生むことが比較的少ない。だから、そこに少しだけ身体を預けて、会話を進める。漕ぐ。
しかし、それは狭いコミュニティ内でのコミュニケーションの話。
これまで、初対面の人との会話や、その場限りのコミュニケーションで嫌な思いを抱いたり、不快感を覚えることは多々あった。では、そういうときに「なんていう男女二元論的な考えをお持ちなのでしょうか!」とか「ジェンダーバイナリー!」と伝えたらどうなるかというと、相手は「何を言ってるんだ」と思うに違いない。そして、結果としては両者の間には高い壁が立ちはだかり、そこからは何もはじまりすらしない。「意味のわからないことを言ってる人がいた」と思われて、おしまい。
厳密には、主張する気力さえ湧いてこないのが現実だと思う。
「いま、すごい変なこと言われてる、これは何なんだ...」と悶々とする。相手は何も気づいていない。私は何を言えばいいのだろうか。
そういうときに、込み入った言葉は使えない。使う気力すら、起きない。
そして、そういうときに、パッと”普通の言葉”が出てくるほど、私は俊敏でもないし、機敏でもない。だから、言いたいことを言う暇も、余地も与えられずに、「はぁ」とか「ははは」とか言って、その場は静かに通り過ぎていく。
後から振り返ったところで、何もならない。
気の利いたことを言う必要なんてないし、気の利いたことを言わなければ、と思わされるのもうんざりだ。
そのあたりの難しさを、ほぐしていきたいなぁと、ぼんやりおもう。