読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

たったひとつの、言葉の選び方

学ぶ 観る 考える

www.tv-tokyo.co.jp

普段ニュースやテレビ番組を観ていると、感じることがある。

言葉の選び方、言葉の発信の仕方、報道の空気感。

そういった要素が、伝え方を決定する。時には悪意や嫌悪感も反映する。

「同性愛」という言葉が嫌いだ。

同性愛者。なんだろう、なんか、いやな感じがする。

同性愛者が嫌なのではなくて、わざわざ彼らに名前をつけようとする、名前の裏に隠れた意図が嫌なのだ。どうして名前をつけるのか、それは、分別したいと望む人がいるからだ。

どうして分別する必要があるのだろうか。

結婚式会場の岩城さんという方がさらりと「ストレート」という言葉を使っていて、あぁこの人はきっとLGBTに理解がある人なんだろうなと感じた。

理解がある、という表現もちょっと違う感じがするんだけど、この人からは、LGBTに対する偏見や悪意を感じなかった。

 

たったひとつの言葉の選び方で、何かが伝わってしまう瞬間がある。

 

「彼らは、いつから同性愛なのか」

女性カップルの取材コーナーで、アナウンスがさらりと放った一言。私にはチクリと刺さる。男女カップルに同じことを聞くだろうか?「彼らはいつから異性愛なのか」

もちろん、これまで異性しか好きではなかった人が、同性を好きになることはある。その逆もあるだろう。

でも、何かがひっかかる。この番組は、LGBTを何か見下しているのではないか、と感じてしまう。

「理解」

理解。この言葉は重い。

何を理解するのか。何を理解せよというのか。

LGBTを理解する。

LGBTが存在するということを理解するのか。LGBTに対して差別してはいけませんよ、という喚起呼びかけを理解するのか。LGBTが人間並みであると理解するのか。

きっと、この番組は説明不足なのだ。

言葉が足りない。

理解。その言葉を、この番組全体で、どのような意味合いで使っているかを、もっときちんと説明しないといけない。テレビには尺がある、だからこそ、ほんとうに大切な部分に説明する時間を費やしたほうが、きっといい。

日常会話なら、説明不足だってかまわない。

誤解しあうことがコミュニケーションの真髄だから。

でも、報道となれば話は違う。

きちんと言葉を補って、伝える努力をしないといけない。

世の中に転がっているたくさんの言葉。そして、言葉を通して見えてくる意図、概念、真意。

それらを汲み取っていかないといけない。