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AV制作と性暴力について

学ぶ 斬る 考える

 

jamsponts.hatenablog.com

 昔こういう記事を書いた。

要約すると、「AV女優とは、ひとつのれっきとした職業であり、偏見のまなざしを向けるのは良くない。もっとAV女優の光の部分を見よう」ということを主張した記事である。

 

これ、書いてよかったのかなぁ。今はなんだか自分の考えが偏ってきた気がして、不安である。このTogetherまとめをちらっと読んだ。

togetter.com


Togetherまとめ。Twitter徘徊してたらふと目にして、いろいろと思うところがあって、いま内閣府男女共同参画局から情報元を調べてる。
「性と国家」という本の中で佐藤優さんと北原みのりさんが、「DMMなどに代表されるAV産業は、経産省と強い繋がりを持っている。AV産業の現在の発達状態は、もはや慰安婦制度の延長線上にある」と語ってた。
性を売る女性のことにスポットライト当てられがちだけど、性を「買っている」男性も、国家によって性をコントロールされている、ということらしい。

 

「AV女優」の社会学

「AV女優」の社会学

 

 


「AV女優の社会学」を読んで、「AV女優がどうして他の職業と同等に語られないのだろう、同等でいいのでは?」と思っていた。それは、AV女優を生み出しているAV産業そのものが、他の産業と同等に語られても良いということが前提の議論なんだけど、ことAV産業に関しては、他の産業と同じ語り口で捉えるのは、実はすごく危険なことなんじゃないかと、最近感じて、自分はまだいろいろと考察不足だったのかな、とおもう。難しい問題。

このTogetherまとめを読んでないから、Twitterでどんな議論が行われているのかは知らないけど、「民間企業(真の意味で民間なのかは知らないが)によるAV製作が性暴力なので、内閣府の手で、国民皆さんにとって安心・安全なAVを製作・提供いたします」とかいう議論になったら、それはそれでいよいよ怖いな、と思う。

そういう問題じゃないだろ、って。

まだ誰もそんな提言してないけどね。

 

この本の中で、北原みのりさんと佐藤優さんはAV産業に対して鋭い批判を向けている。AV産業の問題性は、もはや慰安婦の問題性と本質は同じである、と。

性と国家

性と国家

 

戦時中に、慰安婦と呼ばれる女性たちが、兵士に対してセックスを行っていた。

いや、言い方はもうひとつある。

兵士が、慰安婦と呼ばれる女性たちを買春していた。

※賃金を支払われずにセックスを強要された女性も多く存在する。賃金が発生していればいい、という問題でもない。私は慰安婦問題についてあまりにも無知なので、細かいことについては何もいえない。

この二つの言い方には大きな違いがある。主語が誰なのか、という違い。

これまでメディアは女性を主語にして慰安婦を語ってきた。しかし、売り手には買い手がいる。供給するのは需要があるからだ。慰安婦が存在したのは、彼女たちに依存する兵士がいたからだ。そこを忘れてしまうと、慰安婦問題を語るスタート地点にも立てない。慰安婦がどうしてここまで深刻な問題なのか。

それは、慰安婦問題とは、すなわち、国家によって正当的に実行された性搾取であるからである。

昔、とある友人と、日本軍による占領地での慰安婦問題の話をしていたら、

「まあでも、問題なのはわかるけど、いうてどこの国でも戦時中にやってたことなんでしょ?わざわざ日本の加害性を強調する必要って別になくない?」といわれて、少し言葉に詰まった。

うーん。本当にそうなのだろうか?そうやって普遍化してしまって、本当にいいのだろうか?私には到底そのようには思えない。

慰安婦問題は女性の人権を侵害するし、絶対に許せません。でもどこの国でも多かれ少なかれ起こっていた問題だから、これ以上責任制を追及しあうのはやめましょう!」

 ほんとうに、そんな一言でチャラにできる問題だろうか...?やっぱりそうは思えないんだなぁ。慰安婦問題を理解するためには、国家とは何か、戦争とは何か、責任とは何か、と、たくさんの問いに向き合っていく必要がある。大変なことだけど、でも慰安婦問題は「勉強したい人が勉強すれば済む話」ではないとおもうな。それを言ってしまえば、ジェンダーだってLGBTだって、なんだってそうなんだろうけど。

AVについて考えるなんて下世話な奴だな、と思う人もいるかもしれないけど、凄く複雑で難しい問題だなとつくづく感じる。話し始めたら、きりがないし、脱線してしまう。