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美容室のセクシズム

考える

髪は短い方がいい。なかなか予約ができていなかった美容室。

もういい加減に切りにいこう。そう決意した今日のことだ。

いつも通っていたカット専門店が先日潰れてしまい、今日は新しい美容室を開拓することになっていた。目処はある。いつも商店街を歩くときに、目の片隅に写っていた、お手頃価格の床屋さんだ。今日はそこへいこう。たぶん、カットだけなら1000円ちょっとで済むにちがいない。そうして、空いた道路のなか、ひとり車を走らせる。

慣れない操作で駐車措置をして、車のキーの右側のボタンを押してロック。淡々と歩いていると、目的の床屋さんの看板が見える。値段も書いてあるので、さらっと読み飛ばそうと思って、はて。

一瞬止まった視線のさき。

男性1400円。女性2000円。え、なんで?

妄想が広がる。現実的ではない、妄想ね。

女性のお客さんには頭皮マッサージをしてくれる。

ネイルを見てくれる。もしかして、スキンケアに関するアドバイスとかもあるのか?

いやまて、もしかしてこれは、女性のお客さん二人分の価格なのか?ほら、女性のお客さんは、意外とお友だちと一緒に美容室に行くのかもしれないじゃんね。だから、ペアで来てくれたお客さんにたいしては二人で2000円っていうサービスでもやってるんじゃない?

そんなことを考えているうちに、床屋さんに着いた。

自動ドアをくぐる。

「こんにちはー、今日はどうなさいますか?」

爽やかなお兄さん。髪の毛が視界に入らないように、軽く上げてある。チェックのシャツにジーンズ。軽い装いだが、こちら一点をしかと見つめるその瞳は印象的で、あ、いい人だろうな、というのが第一印象。

「えっと、予約してないんですけど、カットだけお願いしたくてですね」

「あ、大丈夫っすよ。こちらへどうぞ」

有り難いことに待ち時間なしで通してもらった。すぐ近くにある椅子に腰掛け、要望を的確に伝える。

私は美容室へ行くときは、大抵持参した本を読む。がっつり学術書を読むこともあれば、お店においてある雑誌をパラパラと眺めることもある。何を読んでも楽しい。店員さんと話すのに比べれば。話すのは苦手だ。

しかし、今回はたまたま本を持ってなかった。そして、雑誌も取りにくい位置にあるので読むのは諦めた。つまり、なにもしないで、店員さんと自分の顔を交互に眺めるのを繰り返す。

だが、意外や意外。店員さんと話が合う。

ぺちゃくちゃいろんな話をする。このへんの道路、混んでないからってスピード出すひと結構いますけど、やめたほうがいいですよ。覆面パトカーよく走ってますから。お客さん髪短いの好きなんですね。留学生も来ますよこの店。日本語が全然話せない方だとすげー緊張しますけどね。お客さん視力いいんですね。俺も視力いいんで、髪の毛とか視界にはいるのは困りますね。だて眼鏡をしてた時期も、もうフレームがなんか視界にはいるのが苦しくてダメでした。

あれ、人と話すのって意外と楽しいんだな。そう思ってた。そうして、話を進めていると、店員さんがこう続けた。

「うちの店、女性のお客さんは2000円なんですよ。男性の方だと1400円なんですけどね」

はい?

「それはなんでですか?」

「いや、うちの店はもともと男性のお客さんをメインに商売してましてね。男性のお客さんの値段を利益でないくらいすごく低めに設定してるんです。なので女性の方の方が高いんですよね。あと、女性のお客さんは髪が長い方も多いので、その分の作業量の違いです」

もし私が本を読んでいたなら、あぁそうなんですかで終わっていただろう。でも、今回はちょっと違った。店員さん、私あなたと楽しくお話ししちゃったよ。だから、本音をいうよ。

「え、嫌です。私はもともと髪が短いんで、女性料金じゃなくて男性料金にしてください。安くしてください」

にこにこしてたけど、本気だ。

「いやー、参ったなぁ。今回だけっすよ、でも次からはそういう割引ないと思ってくださいね」

「お、ありがとうございます。それにしても、なんか嫌ですよね。だって、やってることは一緒ですよね。でも値段が違うのって、おかしくないですか?」

「うーん、まぁそうなんですけどね、うちは男性のお客さんメインにやってるもんですから」うんぬん。

結局、自分の満足通りの髪型にしてもらえた。そしてお会計は「内緒ですよ」と小声で言われながらも男性料金の1400円を支払い、領収書をもらって自動ドアを出る。

店員さんは、ここよりも安いカット専門店を教えてくれた。やっぱり、最後までいい人だった。

だいぶ軽くなった髪の毛の感触に満足しながら、風を浴びる。

しかし、良かった。今後、この店に来ることはないかもしれないな。

そう思った八月最後の日だった。

同居人のフランス人にこの事を話すと、信じられないという顔をされた。

That is so sexism.

「それはセクシズムだよ。なぜ性別を理由に差別されなくてはならないの?本来は、髪の毛の量を基準に値段が設定されるべきなのに。事実、あなたは髪の毛がもともと短いんだから。」

それを聞いて、あぁ、今日の出来事はやっぱり自分のなかで違和感があって正解だったんだろうなと思った。

男性向けに営業している。それが、女性に対して料金を上げる理由にはならない。

しかし、日本において、セクシズムは残念ながら「普通のこと」になってしまっている。事実、セクシズムにぴったり該当する日本語を私は知らない。性差別?それはsexual discriminationだ。

セクシズムすら、日本の一部として飲み込まれてしまっている。日本文化と呼ぶひともいるかもしれない。日本の慣習だと言うひともいるかもしれない。

本当にそうなのか?私には分からない。

映画のレディースデイは男性客が損をする。女子会プランは女性しか使えないので男性が損をする。ホテルのアメニティだって、なぜか女性だけ特典が付いてきたりする。

はて、セクシズムって、日本のいたるところにあるんじゃないの?

そんなことを思った、八月最後の日でした。

明日からも頑張ろう。