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ジャングル・ブック

考える 観る

ジャングル・ブックという映画の吹替版3Dを観に行ってきました。(ネタバレの感が否めないので、これから鑑賞予定の方は帰りがけに別の記事でも読んでいってあげてください)

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Youtubeを検索しながら、いま予告編をはじめて見たけど、映画館で実際に最初から最後まで観た感じとなんか違う。以下に感想を書き連ねます。

映画のどこを強調するのか

予告編では、あくまでも愛と犠牲と友情と勇気。こういう映画の鉄板ネタを押す。それはある種の公式になっていて、そのごり押しに快感を覚えると、自分がショートフィルムをつくったり、自主制作映画を撮るときも、その快感に追随して、同じように鉄板ネタを押すようになる。それが自分の映画のテーマに重要でないとしても。

私が映画を観た時は、まず3Dって改めてすげぇなという感想を持った。ディズニー映画は、本編の前にまずシンデレラ城が映し出されるのが決まりで、それすらも立体的。綺麗だなぁ、と惚れ惚れする。シンデレラ城はいつも決まって夜だけど、昼間見に行っても同じように綺麗なのだろうかと妄想。

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城の前に一本川が流れているって言うのも風情があっていいよね。

背景はピーターパンを想起させるけど、これはシンデレラ城。小さいボートに舟頭さんを乗せて、自分はその後ろでゆらゆらと川を進む。近づくシンデレラ城。そびえたつシンデラレ城。どんな御用があるのだろう?やっぱり、舞踏会かな。美味しいドリンクと豪勢な食事が用意されているのだろうなぁ。休憩できる個室もきっと用意されていて、そこから眺める景色は格別に晴れ渡っているのだろう...と。オープニングですでに別の世界に引き込まれる。

そしていよいよ本編。ジャングルの中を駆け回る主人公モグリー。リスやオオカミやハリネズミ、彼らみんな立体的で、まるで自分がそこに少し近づいたかのよう。

なんだか、テーマパーク内のアトラクションを体感しているかのような感じ。

そうそう、登場人物たちがときたまセリフに合わせて歌うんです。それがもう、ディズニーって感じがする。そして、それが私は大好き。陽気な音楽が好きだから。

言語による違和感

この映画は英語を日本語に翻訳、吹替した作品です。英語で言ったらさらっと言えちゃう”イイコト”も、日本語に直すとなんか気恥ずかしかったり。しかし、映画の吹替をこれまでそこそこ聞いてきたので、耳がその公式を覚えていると言うか。そういうもんだと思って鑑賞する自分もいる。

話は脱線するけど、洋画でたまに英語を日本語に翻訳したら女性キャラクターの語尾が「だわ」「~よ」って、ちょっとお姉さまになっているという、通称姉御の法則。あれはなんなんでしょうね。登場人物の印象に関わらず、お姉さまになるのって違和感ありますね。

www.youtube.com姉御の法則が適用されている例を探してたはずだったのだが、これはお姉さまにはなってなかった。しかし、これはおそらく素敵な映画なのでリンクを貼っておく。

Eat Pray Loveという原書を今読み進めているところだけども、するするするるんと話が頭に入るのが不思議な感覚です。つまり、おもしろい。

 結婚して8年が経つニューヨークのキャリアウーマンが、自分の人生を変えたいと決心して旅をする物語です。なんでも、筆者の実体験に基づいて書かれている部分が多いらしく、ところどころ随筆のようになっている。結婚相手と購入したマンションの便所で、主人公が床に頭をこすりつけながら、ただひたすらにすすり泣く場面の心情描写など、読んでいて何か声を掛けてあげたくなるほどに、切実な何かを感じる。最後まで読んだことはまだないけれど、素敵な一冊です。

Eat, Pray, Love: One Woman's Search for Everything

Eat, Pray, Love: One Woman's Search for Everything

 

 予想するに、モグリーの本来の声はもっと滑らかで、可愛いのではないか。

日本語吹き替えの俳優さんは、素敵だけど、子どもの声を演じているかんじ。まぁ、しかし、英語になると演技の声なのかを判断するのって少し難しくなるので、なんとも言えないか。

人間賛美の場面

おサルの大将が後半現れますが、彼は人間の力が欲しいらしい。火のことを赤い花と呼んで、それを手に入れたいと懇願します。人間は他のどの動物よりも知恵があって、優れている、人間のような強大な力を手に入れたい。赤い花を操れるようになりたい。そういうことをいう。

もののけ姫の猩々たちを思い出した。ひどく負傷したアシタカめがけて棒切れを投げつけ、「人間の力欲しい」と口々にいう猩々。

結局、この映画では、人間最強説は覆されることはなかったような気がする。と言ったら語弊があるんだけども、少なくとも映画後半においては、結局モグリーは人間としてジャングルを生きる決意を固めている。自分はオオカミにはなれない、しかし人間として生きることはできる、と。なるほどねー、と思いながら、そのままスタッフエンドロールでした。